COLUMN
【 上原語録に見る酒造り 】

鳥取県内の酒蔵を歩いていくうちに、「上原浩」という人物の名前をしばしば耳にする。『夏子の酒』に上田久役で登場した上原先生には実際多くの伝説がついて回る。
"良い酒ばかりを百五十石は飲んできた(悪い酒は飲まない)"酒には辛い点をつけ"わるーないけど、あたりゃーせんわい"という言葉に代表されるように、非常に毒舌だが、その鋭い利き酒力は群を抜いている・・・など話題はつきることがない。
そんな上原先生に、鳥取県の地酒についてインタビューした。
プロフィール
うえはらひろし
大正13年生まれ。
昭和19年に鳥取の高等農林学校を(現在の鳥取大学農学部)を卒業して広島の財務局鑑定部に配属となる。課税物件の鑑定をすることとなるが、そのうち酒が9割以上を占め、当然酒との付き合いが多くなる。昭和25年、本人が全く知らない間に辞令が出ており鳥取工業試験場に転勤となり醸造部に配属となる。以降、酒の研究、指導に全国を飛び回り、この業界では知らないものはいない。

「一に蒸し、二に蒸し、三に蒸し、四五がなくて次に麹」
 普通、酒造りを語るとき時によく言われる言葉に「一麹、二酒母"もと"、三モロミ」という言葉がある。これは、酒造りに重要な順番を一般に表した言葉であるが、上原氏の場合は「一に蒸し、二に蒸し、三に蒸し、四五がなくて次に麹」と言い切る。
「一麹、二酒母"もと"、三モロミ」が大事でないとはいわないが、良い麹、良い酒母というのは、良い蒸し米ができたときに初めてできるもの。悪い蒸し米を造っておいて、そのあとでいくら良い麹、良い酒母を造ろうとしたって無理。
酒造りのなかでは、(蔵の持つ環境はあるにしろ)原料と原料処理が造りの良し悪しの八割を決めるという。

「米は大きくて心白があればいいというものではない」
 大きくて心白があると困ることもある。心白には「丸いもの(球状心白)」と「線状のもの(線状心白)」の二種類がある。
精米歩合が低かった頃は、心白が大きくても良かったが、現在では(吟醸酒に代表されるように)精米度が上がってきているので、60%や50%も磨くと心白が外側にじかに飛び出てきてしまう。心白の部分は水を吸いやすいので、胴割れ(米が過剰に水を吸い割れてしまうこと)を起こしてしまったり、麹菌が表面に出ている心白にしかつかないと良い麹が出来ないなどの問題が出てくる。また心白部分はもろいので粉々になりやすく、そのまま蒸せばドロドロになってしまう。だから70%だったらいい米だが、50%磨いてしまったらボロ米ということもある。「精米歩合」を抜きにして、「いい米、ボロ米」を語ることはできない。
日本で線状心白の米は大きくわけて二つしかない。一つは「山田錦」(やまだにしき)。そしてもう一つが「強力」(ごうりき)。(鳥取県の特産米)
線状心白の場合、精米歩合が高くなっても前述したようなことは起こりにくいという利点がある。



 良い成分の水が大量に必要。浅井戸は汚染されやすい。

環境
 蔵の立地条件は違う。自然環境のいい蔵もあれば、町なかに居をかまえる蔵もある。やはり基本的には空気のいい雑音の少ないところで造るということは大事。
しかし立地条件については変えられないものもあり、それについてどうこういっても仕方ない。それに合うように持っていかないと仕方がない。自然環境が悪くなればいい酒を造ることは難しい。海の色や川の色を見れば、そこがいい酒を造れるところかどうかは分かる。


蔵ぐせ
 蔵にはそれぞれ「蔵ぐせ」というものがあるといわれる。たとえば一つの蔵のなかである一カ所がよく湧く(酵母の活性が盛んになる)など...。
「蔵ぐせ」というものにも本来「理由」があるはずだが、その理由が判明していないものに関してはこういう言い方をしている。
湧きにくい酒をその場に持っていくなど、蔵ぐせを知って上手く利用することもできる。


「環日本海」がこれからのキーワード
 将来、清酒製造業は、日本海側に寄ると見ている。
鳥取も含め、新潟、秋田、山形などがいい酒を造って、太平洋側が苦戦しているのには気象条件がものすごく影響している。環日本海側と環太平洋側では冬の湿度が全然違う。
これは枯らし期間(精米したばかりの米は熱をもっており水分も急激に失ってしまっているので、そのまま浸漬しては米が割れてしまうので一定期間米の水分調整をする必要がある)にも大きく影響してくる。
環日本海側は冬でも湿度が高いので原料処理がやりやすい。
広島が最高温度15度、16度というときに、鳥取では10度くらい、新潟では3度、4度。気温が低いほうが酒造りはやりやすい。(そのかわり働く人はたいへんですけどな。)
それに最近では地球の温暖化という問題もある。一年ごとに温度があがっている。このまま上昇すれば10年後には冷蔵庫のなかでしか酒を造れなくなる。15度、16度もあるところでは酒は造れない。やっぱり10度以下でないと。しかし寒ければいい酒が造れるというものでもない。北海道は寒さの点ではいいだろうが、米や水が悪くはないが良くはない。どうも日本海側が酒造りに適している。今でもだんだんそうなっている。


これからの酒造り
 鳥取県は米や水、自然環境はいい。問題は人材育成。杜氏をはじめ蔵人の養成が10年遅れている。これら蔵人の人材を鳥取県では出雲や但馬の杜氏に頼っていた。
しかしこれからは地元で蔵人を調達する方向に持っていかないといけない。また、従来の季節労働的業務体系から年間雇用ができるような状況に変えていく必要がある。
「搾ったときにいい酒が、出荷したときにおかしくなる」などということがないように、造りが終わった後のしっかりとした貯蔵出荷管理をすることも大事な仕事だ。  全国的に見て酒造りも近年随分省略化が進んで、私は危険だと思っている。いくらでも造れば売れるという時代は、少々手を抜いて造っても、味があって酔いさえすれば良かったが、今では味があって酔うだけの酒が売れると思ったら間違い。安易に手を抜いた酒を造ることは自らの首を締めることになる。
これからは価格のみで競争していったら蔵は全滅する。
これはハッキリしている。沢山安い酒を造るのか、いくらか価値のある酒を少し造っていくのかをよく考えなければならない時期にきている
(C)尾瀬 あきら/モーニングKC
「夏子の酒」は日本酒の世界を漫画で楽しみながら詳しく知ることが出来る一冊。この本をきっかけに日本酒にはまった人も多いのでは...。
読後、すぐ酒屋へ走ってしまったという声も聞く。
写真は漫画の中での上原先生。

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このコーナーの情報は、米子今井書店『とっとり
酒蔵散歩』より引用させていただいております。